常識を押しつけないでくださいよ

会社の忘年会でのできごと。宴会が始まる前の控え室にいたとき、ひとりの先輩にこう言われた「みかんをひとつずつ配ってね」と。言われたとおりに配り始めた。そのとき別の大ベテランの先輩からすかさずストップがかかったのだ!

常識を押しつけないでほしい

控え室でまったりしている職員たちにみかんを配りかけたとき、大ベテランの先輩Sが声を荒げます。

「ここでみかん配るんじゃないよ!  宴会場で配るって毎年決まってるの!  だから回収して!」

Sの顔はニコニコしながらも引きつっていて腹の底を映し出してるかのよう。

 

“はああああああああ!?!?  ここで配っちゃいけないの!?  なにそれ!? 頼まれたから配ってるだけなんだけど……” と思いながらも大ベテランに言われりゃあ逆らうこともできず一度渡したみかんを数人から取り戻しました。

そして本当に控え室でみかんを配ってはいけないのかどうか、すぐにもうひとりの幹事さん(先輩)に聞きに行きました。

「そんなことないと思うけど……」もうひとりの幹事さんはそう言いながらも大ベテランSに確認するわけでもない。

 

みかんを宴会場でしか配ってはいけないという決まりが本当にあるのかどうか、その日はわからないままでした。

楽しいはずの忘年会が、私だけ納得のいかない気分の悪いものになりました。

 

2年以上経って『宴会場でみかんを配らないといけない』という決まりなんか全くないことがわかったのです。

たぶん私の推察ですが、その大ベテランSは単に私のことが気に入らなかったんだと思います。

Sは慕ってくる人を可愛がるタイプなんです。私は誰かになついたりお世辞を言ったりしない人間なので。

 

とにかくあの忘年会のみかん事件は私の中でとても不快な思い出として残っています。

言われたほうはいつまでも覚えてるけど、たぶん言った当人はまったく覚えてないことでしょう。

そういうものですよね。

 

もし仮に宴会場でしかみかんを配ってはいけない決まりがあったとしても、間違えて(知らなくて)控え室で配ってしまったということにどれほどの問題があったのかしらん??

なんてくだらないバカげたしきたりなのだ!?

 

常識ってなんだろう

 

私はみかんをどこの部屋で配ろうとどうでもいい些細なことだと思うのですが、Sの中では宴会場で配るのが当たり前の常識だったのですね。

ところがSにとっての常識は私にとっても他の職員にとっても常識でもなんでもありませんでした。

わが社のこんなみかん事件は世間の常識にも満たないレベルですけど。

スポンサーリンク

見渡してみると日本には〇〇は〇〇であるべきだという一般的に常識と言われることが山ほどあります。

例えば

◆ 朝・昼・晩と3食食べるのがあたりまえ。

◆ 結婚したら妻は夫の姓を名乗らないといけない。

◆ 結婚→子ども→マイホーム。

◆ 学校を卒業したらすぐ就職活動しなきゃ。

◆ 汗水垂らしてお金を稼ぐべき。

◆ 一度就職したら定年まで辞めてはいけない。

◆ 母親は地味でなければいけない。

◆ 有給を取らずに働くのが良い。

◆ 塩分を控えめに。

などなど。

いずれも日本では世間一般に当たり前と思われてることですね。

 

ところがよく考えるとそれぞれが『絶対そうしないといけない』と言い切れるとは思いません。

 

例えば、朝昼晩と1日3回きちんと食べることはどうでしょうか。

芸能人でいえばビートたけしさん、Gacktさん、ピンクレディのミーさんのように一日1食くらいしか食べないで若さと健康を保ってる話を聞きますと、食べないほうがいいのではと思ったりします。

調べると昔の日本人は1~2食であり、3食になった歴史は比較的浅いとのこと。また、お腹がすいたら食べるのが良いと言ってる人もいるようです。

 

汗水垂らして働いて得たお金だけがキレイで尊いと未だに思ってる人も多いようです。はたしてそうでしょうか。

最近はパソコンやスマホで稼ぐこともまったく珍しいことではありません。肉体労働以外で得たお金も同じく尊いお金であることには変わりないと思います。

 

学校を卒業したあとすぐに就職活動しないでしばらく好きなことをするのはいけないことですか?  甘いですか?

50過ぎた私が振り返ってみると学生時代があまりにシステマチックで受け身で生きてる実感が乏しかったんですね。

いったい自分は何が好きなのか、本当にやりたいことが何なのかわかりませんでした。

すぐに就職活動しないと企業に入る際に不利になるだけのことであって、少しくらい自分探しの時間に宛ててもいいんじゃないかと思います。

 

このように常識というものは絶対的な事実命題ではなく、人や場所や時代によってコロコロ変わるものなのです。

 

交通ルールなどと違って、誰かに著しい迷惑をかけてない限りは基本的に自分の自由意志です。強制されるものではありません。

それがあたかも絶対的命題のように履き違えて押しつける人が多いからギスギスした息苦しさを感じてしまうのです。

自分のものさしを他人に当てはめるのは止めにしたいですね。

勝手に型にハメて、そこからはみ出た生き方をする人に対して変人とか負け犬とかのレッテルを貼るのを止めましょう。

もしネガティブなレッテルを貼られたとしても気にしないようにしましょう。

 

世の中に選択肢はいっぱいあります。

もっと自由で柔軟でいいのです。

他の人にどう思われるか どう言われるか、テレビで言ってるから、親や先生が言ってるからではなくて『自分が本当にそれを望んでいるのか』を基準に選んでいきたい。

 

他人軸からもっともっと自分軸へ。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

文章で説得するのはもう古い。 気付いたら買っていた現象を意図的に作り出す、心理誘導ライティング技術。

ストレスを減らして楽~に生きたい

2 件のコメント

  • 今やかなり自由になったと思う。
    長男の場合は就職→(結婚+同居)
    →子供を授かる…
    私は長男だったが、事情で同居しなかったから
    上司にも色々言われたし、
    その他の面でも気に入らなかったようで
    かなりいじめられたし、
    昇進の目も潰された(-_-;)。
    後で父のやってきた事の因果応報だと
    納得した。
    今の若いもんにはそんな思いを
    させたくないな(^-^ゞ。

    • おーとも 様

      いつもコメントありがとうございます☆

      お父様の因果応報? そうだったんですね。
      確かにそういうことってあると思います。
      どこかで断ち切って転換させたいですよね。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    はじめまして。 管理人のミオレナと申します。 50代で長野県在住。本業は金融関係の営業です。  世の中とても便利になったのになぜか毎日の暮らしはバタバタと無駄に忙しく心の中にはいつもちょっぴり不安を抱えていませんか。 人生も半ばを過ぎてくるといろいろしんどくなり、ちょっとしたことにストレスも感じるようになりました。 どうせ一度しかない人生なのだから極力ストレスをなくしてスッキリと楽しくすごしたいです。 自分だけでなく自分と関わってるたくさんの人たちの生活→人生が、今よりほんのちょっとでもストレスフリーでhappyになってほしい。 そんな願いを込めて、独自の視点と経験でお役立ち情報を発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。