死の恐怖から逃れるためには (前編)

ひとりになると、ふいに襲ってくる恐怖。

12歳くらいの頃から幾度となく、現在進行形で怯えているもの。

生まれたからには誰もが100%必ず経験する、とわかっていても怖くて怖くてたまらない『死』という存在。

8601923511_3723a78b94photo credit: Amas d’étoiles des Pléiades (M45) via photopin (license)

 

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死のなにが怖いのかというと・・・

半世紀も生きていると、身近な人の死に直面することも多くなってきます。

高齢のかただけではありません。

わずか10歳の男の子。20歳で病死した大学時代の先輩。30代で自殺した女性。

幼い子供2人残して病死した40代ママ。

 

新聞を開けば、毎日お悔やみ欄に載る人がいない日はありません。

そして、相次ぐ災害。 明日は我が身と思わない日はありません。

自分が死ぬとき、一体どれくらい痛いのか、どんな考えでなにを思い残しこの世から去っていくのか……とか、家族・友人知人はどれほど悲しむのだろう….とか?
実は、そういうことが怖いわけではないんです。

自分が『無』になる恐怖。 つまり虚無化することが怖いのです。

ですから、臨死体験をした人の ”死ぬ瞬間はこうだった” という感想は、私にはあまり慰めにはならないのです。

 

理由もなく突然やってくる

 

虚無化することへの恐怖。

死ぬ瞬間ではなく、永遠と存在が無くなってしまうことへの絶望的な哀しみと恐ろしさ。

それを四六時中考えてるわけではなく、ふとしたときにやってきます。ひとりでいる時に。

常に誰かと一緒にいて、少しは気が紛れればいいのですが、そんな簡単に払拭されるものではありません。

敵は、追い払っても追い払っても執拗にやってくるのです。

 

自分だけがこんなこと考えているの?

およそ40年間、誰にも打ち明けたことがなかったわけですが、今こうしてここで初めて、吐露してみようと思ったのはなぜかしら。

少しでも楽になりたい。誰か助けてください…という心の叫びなのかしら。

 

恐る恐る調べてみました。 すると…..

なんとまあ沢山いることでしょう。 死への恐怖を感じている人が。

 

※以下『教えてgoo』より

1.死ぬのが怖くてたまらなくなる時があります。

2. 中学生です。死ぬのが怖いです。

3. 高齢者の人は死ぬのが怖くないのか

4. 人はいつか死にますよね? その死がいつか

5. 生まれる前と死んだあと…

6. 死が怖い。周りの人との別れを想像してしまう

7. 末期がんです。子どもに死の意味を伝えたい。

8. いつか必ずややってくる死が怖いです。

9. なぜ どうせ死ぬのに頑張って生きるのですか

10. 死ぬときの苦痛も実は幻では?

11. 死ぬときへの恐怖。どうにもならない時があります。

以下省略

 

『死への恐怖』で検索かけてヒットした総数は、なんと5470000件!

似たような考えを持った人はきっとたくさんいるだろな、とは思ってましたが、予想より多くて妙な安心感。

“自分だけが死ぬことに怯えてるわけじゃないんだ” ”自分は異常じゃないんだ” ちょっとだけ救われました。

でも、残念ながらこれで恐怖心が完全に薄らいだわけではないんです。

 

死に対する恐怖心には3種類あるようです。

 

① 生存欲求から湧きあがる恐怖

② 未知の体験に対する恐怖

③ 自分が消えてしまう恐怖

まず①について。

人は本能的に生きたいという欲求があるから死ぬのが怖くなるという説。

これを克服するには『人間の本質は肉体でなく魂』であるということを理解することが必要です。

 

②について。

人は未知のことに対しては、なんでも怖いと感じてしまう傾向にあります。

特に『死』に関しては、どこにも正確な情報がありません。

死ぬ時どうだったのかを語れる人は、一度死んで行き帰ったℑゾンビℑくらいではないでしょうか。

未知の恐怖から少しでも逃れるために、こうしてネットや本で情報収集するのでしょうね。

 

③ ” 自分が消えてしまう恐怖” !  私が一番恐れてるのはまさにこれなのです!

このシリーズは 後編へと続きます。

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文章で説得するのはもう古い。 気付いたら買っていた現象を意図的に作り出す、心理誘導ライティング技術。

もっと自由に魅惑的に人生をデザインしよう

2 件のコメント

  • いつも拝見させていただいております。記事の更新ありがとうございます。

    人は、おぎゃあと生まれ、この世に産み落とされてから死へと向かう。

    死期がわからないことが美学であり、

    わからないからこそ、

    死を意識せずに日々を暮らしていけるのだと思う。

    時折襲ってくる死は、避けることの出来ぬ事であるから、

    恐怖と思うよりも、誰にでも来ることであると

    思う以外にない。

    この世は常ではなく、無常であり、

    元々すべての物は、無に始まり、無に終わる。

    物質も、すべて、細かく分解していけば、いずれ、無に到達する。

    今は目の前にある生というものに、内観し、

    死という文字のことわりに行き着く日が来ることを望んでいる。

    そにことわりから自分自身が受け取れるものは、

    恐怖のない感覚、感性をもたらす気がする。

    • バグさん いつもコメントありがとうございます。
      質が高すぎて なんと返答していいやら……

      おっしゃるとおり いつ来るともわからない死の恐怖に怯えるより
      誰にでも来るものとして割り切るしかないようです。

      すべての物は無に始まり無に終わる ということも
      考えてみるととても不思議ですね。

      こういう哲学的なことを考えることができるのも 
      生きてるからこそ なのですね。・

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    はじめまして。 管理人のミオレナと申します。 本業は金融関係の営業です。 日々いろいろなかたとお会いする中で "お客様に喜んでいただくには どんなbenefits(益)を提供すればよいのだろう" ばかり考えております。 人が求めているのは 『モノ』自体ではなく それを通して得られるbenefitsであることがわかります。 自分はもちろん 自分と関わってるたくさんの人たちの生活→人生が 今よりほんのちょっとでも良くなってほしい。 そんな想いで 暮らしやお金にまつわるお役立ち情報を発信していきたいと思いますので どうぞよろしくお願いいたします。